リハーサルが始まった。学生たちはすでに自分のパート譜を全部暗譜していて、私の方を瞬きもせずに見つめている。部屋の隅では真剣な表情をした学生数人がKGBのように録画・録音している。今日の私のテンポ・音楽づくりを向こう数ヶ月間徹底的にコピーし叩き込むためらしい。一生懸命指揮棒を見つめているわりには押しても引いてもプロのようには棒に即応できない彼らに、私は普段出さない(出す必要のない)指示を思い存分与えることにした。「体の芯がぶれているぞ。だからテンポも揺れるんだ。」「ヴァイオリン。弓を返すときに音をとぎらせるな。」「そこは指揮棒なんか見ずに、ヴィオラの首席の弓の動きに集中しろ。」彼らは死にもの狂いで喰いついてくる。知らないうちに、私たちは音楽の喜びを共有して一体となっていった。
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