エッセイ

京大オケその2

八十余年の歴史を誇る京大オケは、朝比奈隆氏を輩出し、日本で一、二を争う学生オーケストラであることは噂で知っていた。卒業後プロのオーケストラに入団する猛者もいて、その演奏水準はプロ楽団をしのぐとさえ言われていた。とうとう鈍行列車に乗って福井の実家のまで団体で押しかけてきた彼らの熱意に免じて、少し話を聴いてみることにした。
「ヴァイオリンだけでも五十人以上いますが、徹底した実力至上主義で、本番には五、六しか乗せないこともあります。あとはプロの援軍で補うので、四年間一度もコンサートで弾けない者も出てきます。」「各セクションがプロのトレーナーからレッスンを受けています。」「練習出席最優先」など、どうも体育会系の雰囲気なのだ。彼らが持参した最近の演奏会のプログラムを見てみると、メンバー表にやたら「留」の印が並んでいる。さすが京都大学、こんなに留学中の部員がいるのかと思って聞いてみると、「スミマセンそれは留年です。練習や部費を捻出するためのバイトで単位を取れないものが多いんです」ということらしい。

それでも、私との契約面はきちんとするし、京都ホテルのスイート・ルームまで用意するとけなげに言う。私は黒沢映画『七人の侍』で「このメシ無駄には喰わんぞ」と誓う志村喬の心境になり、受けることにした。

大学オケは通常何ヶ月も学生指揮者(ガクシキ)を中心に練習を重ねて、プロの客演指揮者は本番前の数週間リハーサルをすると聞いていた。ところが、「京大オケでは本番五ヶ月前に琵琶湖湖畔で強化合宿を行なうので、ぜひとも泊りがけで指揮していただきたい。たとえ一泊でも良いから。」という。それも快諾した数ヵ月後、私はドヴォルザークの交響曲第八番のスコアを手に、京都ホテルから迎えの車に乗り込み琵琶湖の和邇に向かっていた。

京大オケ1 京大オケ3 京大オケ4


Copyright© 2001 Chosei Komatsu. All rights reserved
無断転載禁止