エッセイ

手紙

 2004年9月8日夜、OSNバス・クラリネット奏者のホセ・マヌエル・ウガルデ氏(愛称チェチェ)は楽器を奪おうとした暴漢の凶弾に倒れました。
 2004年11月26日のOSNによるマーラー作曲交響曲第3番の演奏は、亡きチェチェに捧げられました。
 下記は、それに対するチェチェの妹メラニアさんからの書簡です。

<メラニア・ウガルデ=キルさんからの手紙>

国立交響楽団藝術監督
小松長生様

 2004年シーズン最後の定期演奏会の演目(マーラー交響曲第3番の演奏)を、兄チェチェの為に捧げて戴きました御心遣いに、心より深い感謝の念を表したく存じます。

 チェチェの身に起きた事を省みます時、この曲がいかに献呈にふさわしい曲であったかを表現するのに言葉が見つかりません。交響曲の冒頭は目覚め、「夏」がやってきます。新しい生命の誕生であり、それまでの荒涼とした自然(冬)と対比されます。そして、それに続く葬送行進曲。全てがチェチェの人生とその最後を想起させました。素晴らしい音楽家(チェチェ)、あの秀逸した人格に私達皆が抱いた愛情を、音楽を通して表現して戴いた思慮深さに対し,衷心より祝福させてください。 

 彼が去って、残された私達の心には空洞ができ、彼がもうこの世にいない事が未だに信じられません。ですから私は、いつも見慣れたチェチェの席で別の人が演奏している事に愕然としました。私は、いつも彼の姿をステージ上に見,天国のような音を奏でる楽団の中から彼の魔法のような音色が会場を包むのに慣れ親しんできました。プログラムのメンバー表に彼の名前がもはや載っていない事実を受け入れるのは大変な衝撃でした。私の胸中の哀しみをどう表してよいか解りません。

 音楽だけをひたすら愛した者の命を奪うなんて、いったい誰の仕業でしょうか?私は何度この不正を憎み悶えたことでしょうか。でも他方で、赦すことの出来る勇気ある人々についても考えを及ばせました。調和(ハーモニー)を追求するためには壮絶な内的葛藤を必要とし、また内的尊厳を守る為には果敢に勇気を持って戦わなければならないのを私は知っています。そして、それらを実行するのが私達にとっていかに難しいかを認識したとき、私達から宝(チェチェ)を奪い去った者を赦す事を私は学んだのです。

 暴力に対し武器で応酬するのは、柔弱、単純で、自ら低次元であると認めることになります。人の尊厳は、それを抑圧しようと試みるいかなる体制や主義(イデオロギー)より高位にある事を、けっして忘れてはなりません。憤怒と恨みを創る心中の怪物は、愛によってのみ制御され得ます。そうして初めて赦すのが可能になると思います。

 改めまして、あなた、そして交響楽団・国立コーラス・児童合唱団の全ての方々に、あの感動的な演奏への感謝の意を表させていただきます。私の兄がそうであったように、皆さんはすぐれた音楽家であり素晴らしい人間であると、私に言わせてください。

 貴方がた皆がチェチェに注いでくれました愛情に衷心より感謝いたします。どうかこの素晴らしい御仕事をずっとお続けください。交響楽団の演奏、音楽、笑い、ジョークや暖かい助言がある処には常にチェチェがいると感じます。私達が善い行ないをする度に、チェチェの魂が私達のオーラの周りに永遠にいてくれると感じます。

 チェチェに静寂と安息を。

 2004年11月27日

 メラニア・ウガルデ=キル

写し
国立コーラス
国立音楽院児童合唱団


コスタリカ事件


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