指揮者ワーグナーの最大功績は、初演後20年以上も敬遠され忘れ去られていたベートーヴェンの『第九』(1824初演)を、1846年に妥協を許さぬ徹底したリハーサルを積んでドレスデンで大成功させたことでしょう。爾後『第九』は演奏可能な最高傑作として愛され続け今日に至っています。『第九』、否ベートーヴェンが、それまでの伝統・通念を破壊した、凡人には往々にして理解不能であったことを、ワーグナーは自己に重ね合わせて感じていたことでしょう。
『マイスタージンガー』の重要な喜劇キャラクターであるベックメッサー(生涯ワーグナーを痛烈否定した評論家ハンススリックがモデル)は、歌合戦に突如現れた「恋敵」騎士ヴァルターの芸術に対し、嫉妬と怒りに駆られ既存のルールに照らしての粗探しに終始します。楽劇の最後で、姑息なベックメッサーは皆の前で大恥をかき、替わって騎士ヴァルター(即ちベートーヴェンやワーグナーを象徴)の天賦の才と普遍的な美しさを湛えた吟詠詩は、パルナッソス山のミューズ神やエデンの園までも繊細に瑞々しく描き出して満座に深い感動を与えます。そして人々は芸術の至高を謳い上げます。このあらすじをダイジェスト版で前奏曲が現出させます。軽妙な中間部(スケルツォ"冗談"風)はベックメッサーへの哄笑を表します。冒頭のマイスタージンガーたちの主題や行進主題、続くヴァルターによる愛の旋律は、前述の中間部を経て、再現部で変奏曲やフーガなどバッハ的技法による再「展開」を施されることは多くの碩学が指摘するところです。
ワーグナーの壮大で豊潤な管弦楽の用い方は、ハリウッド映画音楽に深い影響を与えています。