曲目解説集

メンデルスゾーン 劇音楽『夏の夜の夢』序曲

フェリックス・メンデルスゾーン(1809−1847)

劇音楽『夏の夜の夢』序曲
作品21(1826年作曲、1827年初演)
作品61(1843年初演)より5曲(全6曲)

【ウィリアム・シェイクスピア(1564−1616)作 戯曲〈夏の夜の夢〉あらすじ】

既に相愛の恋人がいるハーミアに対し、老父が「許婚」との結婚をアテネ公に直訴し死刑を課す古法適用まで持ち出し強要。4日後に盛大なロイヤル・ウェディングをひかえたアテネ公とアマゾン国女王はハーミアに4日間の再考猶予を与えたが、恋人同士2人は駆け落ちを決意してアテネ近郊の森をめざす。それを追う「許婚」とその「許婚」を好きで追う女性。かくして男女計4人が、超常現象が最も昂まるとされる夏至(6月)の夜に、妖精王と妖精王妃が大喧嘩中の霧深い夜の森に迷い込む。
はぐれて恐怖、煩悩と疲労で眠り込むハーミア達。そこへ森を自分の庭のように知り尽くした明るい木工職人(木こり)のボトム以下6名がのん気にやってくる。4日後の結婚式で自分たちの素人演劇をご成婚の御二人にお見せするのだと無謀に意気込んでいる。
神出鬼没でおっちょこちょいの妖精パックは、妖精王の命を受け、目覚めたとき見た相手に恋する妙薬を妖精王妃に使うが、若者たちにも顔を確かめず乱用し大混乱の一夜となる。若者4人の騒動、そして頭をロバに変えられた職人ボトムに恋して追いかける妖精王妃。
夫婦喧嘩の要因が解決し機嫌も直った妖精王の指示で、パックがボトムのロバ頭をもとに戻し王妃も正気にして、夫婦は復縁。絶望と疲労の眠りについた若者4人には妙薬を再び施し、朝に目覚めたとき然るべき相手を好きになるよう按配した。
ご成婚当日、2組の男女がアテネ公/アマゾン女王に加わり、計3組が結婚式を挙げる慶事となった。アテネ公の気まぐれと好奇心で大抜擢された6人の職人達が演じた「悲劇」は、抱腹絶倒の爆笑の嵐で大喝采を浴びた。そして満足した新婚3組が其々の寝室に入ると、妖精たちが忍び込んできて宮殿を幸福な眠りへと導いた。

【楽曲解説】

シェイクスピアの戯曲〈夏の夜の夢〉のドイツ訳が衝撃と感動を以って迎えられ、霊感を掻き立てられた17歳のメンデルスゾーンは、劇の主要登場人物群、情景、そして筋書きまでも〈序曲〉(作品21)により、見事に描き切った。管弦楽法の成熟度や音楽の美しさもさることながら、17歳のメンデルスゾーンが〈序曲〉で示す登場人物たちへの深い洞察と的確な描写力は、彼が慧眼そして成熟した魂の持ち主であったことを感じさせる。メンデルスゾーンは20歳のとき、ベルリンに於いて、死後80年近く忘れ去られていたJ.S.バッハの音楽を復興させた(1829年マタイ受難曲を指揮)。そのベルリンでのドイツ語版〈夏の夜の夢〉上演のために、1843年プロシア王が34歳のメンデルスゾーンに劇音楽の作曲を依頼した。幕間だけでなく、台詞や情景(例:森を彷徨うハーミア)のために書かれたのが、作品61の作品群である。

  1. 〈序曲〉 作品21 Allegro di molto (約12分)
    物語全体の縮図として書かれた序曲のはしりは、1821年のウェーバー作曲〈魔弾の射手〉序曲とされるが、僅か5年後に、17歳のメンデルスゾーンがその「新案特許」をさらに開花させた。即ち、夏至の森の夜の魔法(冒頭の木管和音)−妖精たち(弦楽器 pp )−高貴で絢爛たるアテネ宮殿(f)−愛の歌− 粗野ながら喜びに満ちた木こり(ヴァイオリンの跳躍はノコギリの擬音)−宮殿のラッパ− 不気味な暗い夜(中間部)等。再現部を経て、序曲の最後が静かに安らかに終わるのは、3組が床に就き妖精たちが祝福の粉をまく情景だからである。魔法(木管和音)で序曲は閉じられる。
  2. 〈スケルツォ〉 作品61−1 Allegro vivace (約5分)
    妖精たちを表現する。パックが"丘でも谷でも、俺はどこへでも素早く飛んでいけるんだ。"とうそぶく場面に流れる。中間部分では、頭をロバにされた職人ボトムの情けない鳴き声も滑稽に聞こえてくる。世界中のオーケストラでクラリネット入団オーディション課題曲の定番(タンギング、一定テンポ維持が難しいため)であり、末尾のフルートソロも有名。
  3. 〈間奏曲〉 作品61−5 Allegro appassionato (約4分)
    対照的な2つの部分から成る。冒頭は、恋人に追いつこうと死を賭して暗く険しい森の中を必死で進むハーミアを表す。"私には、今すぐ死か貴方か、どちらかしかないの。" 彼女が遠ざかると、向こうから素朴な木工職人6人が微笑ましく登場する。
  4. 〈夜想曲〉 作品61−7 Con moto tranquillo (約6分)
    翌朝には妙薬で相思相愛に戻ることになる若者4人が、それぞれ疲れ果てて2度目の眠りにつくシーンで流れる。愛で包み込むようなホルン・ソロとバスーン等で始まり、中間部では悪夢に苦しむかのようだが、やがて更なる愛に包まれ、天使の鳩(フルート)などがさえずる中、安息の眠りが4人にもたらされる。
  5. 〈道化師(に扮した職人)の踊り〉 作品61−11 Allegro di molto (約2分)
    〈序曲〉の中でも異彩を放っていた木こり職人主題が、結婚式披露宴で繰り広げられる素人芝居の劇中の踊りとして戻ってくる。彼らはハーミア達の煩悩とは無縁の世界にいる。エネルギッシュ、素朴、滑稽、下衆(げす)、そして如何に笑われようが本人たちは大まじめ、嬉々として劇に夢中である。これはシェイクスピアが自分たちの劇団の生き様を劇中に滑り込ませた驚くべき仕掛けであり、正面切って表には出さない芸術家としての矜持(きょうじ)を表現していると筆者は思う。それを〈序曲〉作曲の17歳の時点で、このような主題に凝縮させたメンデルスゾーンは、ただの「裕福な神童」ではなかった。
  6. 〈結婚行進曲〉 作品61−9 Allegro vivace (約6分)
    3組の成婚への前奏曲として幕前に奏される。告知ファンファーレ、壮大なテーマ、新郎新婦3組の長めの入場、カップルたちの喜びに溢れた様子と皆からの祝福(中間部)、そしてテーマの再現とフィナーレ。光を象徴する調性であるハ長調で書かれている。