曲目解説集

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲

フェリックス・メンデルスゾーン(1809−1847)

ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64(1845年初演)

『結婚行進曲』で良く知られる早逝の天才メンデルスゾーンは、語学と文学に長け本協奏曲や珠玉の交響曲群(No.2,3,4,5 )を産み出し指揮法を確立した。更に若干20歳のとき、死後80年近く忘れられていた J.S.バッハの音楽を復興・普及させた事(1829年ベルリンでマタイ受難曲の演奏を実現)の功績は計り知れない。このヴァイオリン協奏曲は、3つの楽章が間断なく繋がって演奏され、ひとつの物語のような流れと統一性を顕わす。バッハの対位法を基盤としたしたたかな技法と自由で情感あふれる叙情性が調和し、聴く者の琴線に触れる傑作である。

<第1楽章> Allegro molto appassionato

モーツァルトやベートーヴェンの協奏曲まで存続したオーケストラのみによる長大な導入部(Tutti)はもはや省かれ、憂いと心臓の鼓動を髣髴とさせるたった2小節の前奏にのってソロ・ヴァイオリンが第一主題を提示する。バッハの対位法を散りばめた悲愴的表現はキリスト受難を直裁に表現し、木管コラールと呼応して奏でる第二主題(愛)と対照をなす。 カデンツァは、独奏者の即興に任せるのではなく、メンデルゾーンが詳細に全てを書きおろしている。(ベートーヴェンは、彼の最後のコンチェルトであるピアノ協奏曲第5番『皇帝』(1809)に於いてすでに「書きおろし」を始めていたが、それをメンデルスゾーンが確立した。) 加えて、このカンデンツァは、バッハのヴァイオリンの為の無伴奏組曲・ソナタの書法を踏襲する画期的なもので、魂の内省的な独白の観を呈する。また、カンデンツァを楽章末ではなく中間部(展開部)の終わりに配置し、ヴァイオリンの分散和音に乗って、第1主題が戻ってくる(再現部)構図も後世の作曲家(チャイコフスキー、シベリウス他)を触発した。

<第2楽章> Andante

バスーンの単音に続いて導かれる第二楽章は、愛の賛歌といっても過言ではあるまい。心拍が増し(ピツィカート)憂い動揺する中間部の暗雲が晴れると、天使達の楽隊(木管)と唱和する至福の詩(うた)が環って来る。

<第3楽章> Allegro non troppo; Allegro molto vivace

トランペットの祝祭的ファンファーレが鳴り渡り、喜びに満ちた楽園の歌と舞踏がホ長調で繰り広げられる。ホ長調はエデンの園を象徴する調である。即ち、ハイドンがオラトリオ『天地創造』(1798)第3部冒頭(天使ウリエルの「薔薇色の雲を破り」)で、アダムとイヴが手に手を取り合ってエデンの園を幸せに逍遥する姿をホ長調で描写して以来、ベートーヴェン(ピアノ協奏曲第3番 第2楽章)、ブラームス(交響曲第1番 第2楽章)、メンデルスゾーン(本楽章)、ドヴォルザーク(弦楽セレナーデ)、ラフマニノフ(ピアノ協奏曲第2楽章)らが、ハイドンの『天地創造』を「本歌取り」してホ長調を用い、罪の意識や恐怖とは無縁の、最上の歓びと安息を表現している。