初々しい第1番と第2番の初演(1795)から8年を経て書かれた第3番は、憂い・問いかけの部分と晴朗で美しい部分との対照も著しく深みある熟練の手による傑作となっている。同じハ短調で書かれたモーツァルトの悲愴的なピアノ協奏曲第24番 K.491(1786)をベートーヴェンは当然熟知していたと思われる。またハ短調で書かれた交響曲第5番『運命』(1808)と本曲は、「暗闇から光へ」を表現している。ちなみにハイドンのオラトリオ『天地創造』(1798)が欧州中で絶賛され、本協奏曲が書かれた1803年にはウイーンだけでも40回近く演奏されているが、『天地創造』第1曲で神が光を創造した瞬間 ff で鳴り響くのがハ長調である。また本曲の第2楽章には、異例のホ長調が選択されている。まさにこのホ長調で描かれた『天地創造』のアダムとイヴの幸せな朝の逍遥が、諸和音の楽器への配分の仕方(オーケストレーション)まで真似てベートーヴェンによって第2楽章中に「本歌取り」されている。かくして、巨大な存在であったハイドンの上記作品から直接影響をうけていることが諒解される。
そもそもイタリア・バロック音楽の弦楽合奏で、コンチェルティーノ(弦楽首席)と"コンチェルト"・グロッソ(その他大勢)の間の華麗な協奏から生まれた当時の"コンチェルト"(協奏曲)形式では、オーケストラによる前口上に始まり、ソリストはその間相撲の時間前の仕切りの如く緊張感を高めてゆく。そして両者の対話が始まる。内省的な第1主題の断片は随所にちりばめられ、第二主題は牧歌的である。
静寂と深淵の冒頭(ピアノ独奏)は、エデンの園の描写(オーケストラ)を経て、森の精の二重唱(ピアノ独奏)と続く。ピアノの分散和音に乗って幻想的な中間部では、バスーン(アダム)とフルート(イヴ)が睦言のような掛け合いを演じる。変奏的、即興的な再現部が、歓び、安寧、感謝を表す。
闇から光へ。問いかけ、動揺、強固な意思、歓びなど、様々な感情が凝縮されている。中間部では、牧歌的なクラリネットの新しいメロディーの後に、第1主題が暗闇の中で模索する短調のフーガとppの幻想的なホ長調(エデンの園/第二楽章)という両極の姿で展開される。再現後、悲愴感が最高潮に達して、続く短いカデンツァに皆が固唾(かたず)を呑んでいると、ほとんど肩透かし、冗談のごとく喜悦の踊りが始まる。そして決然と曲は閉じられる。