曲目解説集

サン=サーンス 
交響曲第3番「オルガン付」

カミーユ・サン=サーンス(1835−1921)作曲

交響曲第3番 ハ短調 作品78 「オルガン付」 (1886年初演)

『動物の謝肉祭』でも有名なサン=サーンスはパリ音楽院長も務めたフランスの作曲家、詩人、天文・数学者で、稀代の碩学(せきがく)ぶりで知られる。 故に先達の手本を無視するドビッシー、ストラビンスキー、ミヨーらの作曲家達には容赦ない批判を浴びせた。 本曲は交響曲と銘打たれているが、大聖堂の中で繰り広げられる教会音楽を想定している。 死者を弔うグレゴリア聖歌の「ディエス・イレ」の音型が第1,4楽章の主題のモチーフとして使われ、教会建築の重要な一部分であるオルガンが用いられているのも証左である。 第1部(第1、2楽章)と第2部(第3,4楽章)の構成になってはいるものの、全4楽章が統一感を保ちながらほぼ間断なく繋がっていて、主題も楽章間で共有、再現される。 これは親友フランツ・リスト(1811−1886、ワーグナーの義父)の最高傑作ピアノ・ソナタロ短調、すなわち各楽章が間断なく奏され主題も統一されている事の深い影響がある。 真理・神性が世界、宇宙に偏在するという統一性の発露が作曲者の念頭にあろう。 さらに技法的に遡るならば、第1,2,3楽章の各主題が第4楽章で環ってくるベートーヴェン『第九』の発想、難無くマスターされたJ.S.バッハのフーガ技法・対位法および完璧な近代管弦楽法がこの作品に反映されている。 真の名工による作品である。

<第一部:第1楽章> Adagio, Allegro moderato

暗闇の中オーボエのよる孤独と憂鬱の吐露(前奏)のあと、「ディエス・イレ」をほぼ原型どうりなぞった主題が、怯えおののく魂を表現する。 続く恩寵(第2主題)や輝かしい原光は、来る第2楽章と第4楽章を予兆する。 なお神秘的な前奏は、ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』前奏曲の影響が顕著である。

<第一部:第2楽章> Poco adagio

天国の音楽(オルガン)が優しく包み込むなか、平寧、感謝、祈りの賛美歌が奏される。 ヴァイオリン2声部・弦合奏によるバッハ的変奏の後、弦ピツィカートのよる「ディエス・イレ」が一時的に暗雲を投げかけるが、再び天国の賛美歌が戻ってきて眼前にみる至福を崇高に謳う。
<第二部:第3楽章> Allegro moderato, Presto 

凄まじい内的葛藤と相克の音楽と、主に木管(天使を象徴)による喜遊するスケルッツォ的部分とが交替で現れる。 2度目のスケルッツオ部分では、トロンボーン等金管楽器による天からの愛の啓示(フーガ)が、光が差すように響いてくる。 最後は弦による愛のテーマが、いまだ低音にトラウマのように甦ってくる「ディエス・イレ」を鎮めて、最終楽章に備える。

<第二部:第4楽章> Maestoso 

オルガンによるハ長調和音(白鍵のみの調)が鳴り響いて、光が燦然(さんぜん)と輝く壮大なシーンが繰り広げられる。  ハイドンのオラトリオ『天地創造』で光が創られる瞬間のトロンボーンを伴ったハ長調和音が起源である。 ベートーベンが交響曲第5番終楽章(ハ長調、トロンボーン付)や『第九』終楽章の 世界、宇宙 を意味する ”Welt ” (ハ長調、トロンボーン付)に於いて、 またブラームスが交響曲第1番終楽章の締めくくり(ハ長調、トロンボーン)で思い描いていた天の栄光(グロリア)を、サン=サーンスはオルガンと豪華絢爛たる近代管弦楽法を総動員して本人ならではの手法で表現している。 他方これまでの楽章の主題も再現されて葛藤も回想される。 第1楽章と第3楽章、第2楽章と第4楽章は内容的に各々対を成しており、しかも第1部、第2部という区分けによってたすき掛けに括られている。 ノートルダム寺院等フランスにあるほとんどの教会(カソリック)の平面図が十字架の形をしている事も鑑みて、 4つの楽章の構成が十字架を象徴している可能性も高いと筆者は考える。

2008年1月25日セントラル愛知交響楽団定期演奏会のプログラム用に書かれたものです。


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