曲目解説集

ブラームス 交響曲第1番

ヨハネス・ブラームス(1833−1897)

交響曲第1番 ハ短調 作品68(1876年初演)

  若き日に「彼(ベートーヴェン)のような巨人の後に生まれてきた私達の気持ちは解るまい。」と語ったブラームスがようやく最初の交響曲を完成できたのは、43才のときであった。

<第1楽章> Un poco sostenuto: Allegro
   宇宙の混沌と始源を象徴するハ音の衝撃的なユニゾンで始まり上下に各声部が別れてゆく様は、ハイドンの『天地創造』の序奏(トロンボーンのハ長調和音)、"Welt"(宇宙・世界)にトロンボーンハ長調和音を割り当てたベートーヴェン『第九』終曲を念頭に置いている。 こうして序奏では混沌、闇、不安、憂いなどが表現される。
   アレグロ部分で多用される下降半音階とダブル・フーガ(声部が交差し結果として十字架を描く)は、J.S.バッハがキリストの受難を表現するときに用いた技法である。 激情、祈り、希望が、重く直截に飾り気なく表される。
   音楽史上ブラームスはメンデルスゾーンと並んでバッハ再発見の功労者である。

<第2楽章> Andante sostenuto
   第1楽章で繰り返し強調された暗闇のハ短調構成音C,Eb,Gに各々半音背中合わせの構成音(H,E,G#)から成るホ長調で描かれた、天国を思念した賛美歌である。 中間部では、迷える魂が動揺と不安を独白(オーボエ、クラリネット)するが、やがて天国の歌が環り来り、ヴァイオリン・ソロ、ホルン等による至福の応答が開示される。

<第3楽章> Un poco allegretto e grazioso
   3拍子系のメヌエットやスケルッツォを完全に捨て去り、バッハ、ヘンデルのバロック宗教曲に遡って『牧歌』(パストラール)を第3楽章に据えた。 パストラール(牧歌)は、子羊たちを神・聖人たちが導き歩む様を象徴する。 牧師は英語で Pastor (パスター) である。 ちなみにベートーヴェン交響曲第6番 "Pastorale"(パストラール)も「田園」ではなく、「牧歌」と訳されるべきであろう。 (ウィーンに田んぼはない。)

<第4楽章> Adagio: Allegro non troppo, ma con brio
   解脱への苦悶で始まり、楽園・天国が現出し、Allegro では解放の歓び、愛、光が充溢する。 序奏後半のホルン・フルートは天国の鐘の音であり、静かで荘厳なトロンボーンのコラールが続く。 このコラールは、 コーダでは全オーケストラにより壮大に奏される。 後にマーラーが交響曲第2番、第3番で『原光』を見据えて音にした際の原型と言えよう。 かくしてハ音・混沌・暗闇から生じた交響曲は、推進力に満ち溢れた輝かしい勝利の讃歌で締め括られる。




2005年5月20日 セントラル愛知交響楽団定期演奏会プログラムの曲目解説として書かれたものです。



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