曲目解説集

ベートーヴェン  ピアノ協奏曲第4番

ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770−1827)

ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58(1807年初演)

  そもそもイタリア・バロック音楽の弦楽合奏で、コンチェルティーノ(弦楽首席)とコンチェルト・グロッソ(その他大勢)の間の華麗な協奏から生まれたコンチェルト(協奏曲)形式では、オーケストラによる前口上に始まり、ソリストはその間相撲の時間前の仕切りの如く緊張感を高めてゆくのが普通であった。
   ところがベートーヴェンはピアノ協奏曲の第4番を、いきなりピアノ独奏で始めた。 当時の聴衆の驚き、困惑、もしくは感動は如何ばかりであったろうか。 ちなみに第5番ではより大胆に、ピアノとオーケストラが絡み合う大カデンツァで開始される。
   ベートーヴェンは当代一のピアニストとして名声を博し、自作の協奏曲のピアノ独奏を自ら華やかに務めてきたが、それはこの第4番で最後となった。 1811年初演の第5番ではベートーヴェンの難聴は深く進行し、他の奏者にソロを譲らざるを得なかった。 そして以降死ぬまで彼はピアノ協奏曲を書くことは無かった。

<第1楽章> Allegro moderato
   ピアノ独奏で始まる。 同時期に書かれ同じスケッチブックにも現れる交響曲第5番のタタタ・ターンに酷似したリズムの動機は、楽章を通して宇宙元素のように繰り返し強調される。 文豪ゲーテに代表される『疾風怒涛』とロマン性に満ちた音楽が展開してゆく。

<第2楽章> Andante con moto
   威丈高な弦楽器(ユニゾン)と孤高・瞑想的なピアノが対峙する。 ピアノの調べにより次第に鎮まってゆく弦楽器の様子を、フランツ・リストは、亡き妻を取り戻そうと冥界に降りて地獄界のハーデス王達を竪琴と歌で涙させ説得したオルフェウスに例えている。 

<第3楽章> Rondo: Vivace
   続く第5番のフィナーレ同様、天上の喜びの踊りである。 ベートーヴェンそして彼の同世代が尊敬した哲学者シラー(『第九』の詩の作者)は、「遊戯衝動」こそ人間の最高の状態であるとした。 ロンドとは、主題が円環(ラウンド)して何回も戻ってくる形式であり、最高の意味での悦楽に満ちたこのフィナーレに相応しいものであろう。




2005年5月20日 セントラル愛知交響楽団定期演奏会プログラムの曲目解説として書かれたものです。 



Copyright© 2001 Chosei Komatsu. All rights reserved
無断転載禁止