曲目解説集

交響組曲 シェヘラザード 作品35 

ニコライ・リムスキー=コルサコフ (1844-1908)

交響組曲 シェヘラザード 作品35(1889年初演)

リムスキー=コルサコフは、ロシア海軍士官として幾多の外国風土を知り得、エキゾチックな音楽を残した。 また彼の色彩豊かな管弦楽法は、チャイコフスキーを深く感銘させストラヴィンスキーなど多くの作曲家の手本となった。

「千夜一夜物語/シンドバッドの冒険」は、とりわけ18,19世紀のヨーロッパの人々の遥かなる東方への憧憬・好奇心を駆り立てた。こうしたイスラム情緒の影響は音楽面でもモーツァルト(トルコ行進曲、後宮からの誘拐)、ベートーヴェン(トルコ行進曲)やチャイコフスキーのバレエ小品に見られる。 本曲では、女性不信のため初夜の後相手を必ず処刑する凶暴なサルタン(荒々しい低音楽器)と、それを魔法のような(ハープが象徴)声と物語で一晩一晩懸命に引き伸ばすシェヘラザード(ヴァイオリン・ソロ)が、4つの楽章を通して繰り返し変化して現れる。 *各主題のライトモチーフ(通楽章主題)的処理と4部構成は、1882年に完成し全ての作曲家に衝撃を与えたワーグナーの4部作オペラ『ニューベルンゲンの指環』の影響を反映していよう。

第一曲 海とシンドバッドの航海 Largo e maestoso; Allegro non tropp

怒り狂ったサルタン(低音群)と、魔法にかけるような木管の和音に続くシェヘラザード(ヴァイオリン・ソロとハープ)との主題で始まる。彼女の声はシンドバッドの航海の物語に溶け入り、船に揺られて今から助ける恋人を夢想する若きシンドバッドが表現される。船が内海から風と波の更に高じた外海に出る際の絵画的な管弦楽法は秀逸である。

第二曲 カレンダー王子の物語 Lento

更に催促するサルタンに応え、シェヘラザードは怪傑ゾロのようなマスクをしたカレンダー王子が、赤銅戦士の一党と闘い、捕らわれ魔法をかけられた王女を助ける話を描写する。 すなわちバスーンで始まる憂鬱で孤独な王子の気持ち。遠くから聞こえてくる不気味な金管の合図と奇怪な行進曲は、一味が続々と参集する様を表す。王子の勇敢で壮絶な剣の戦いが繰り広げられ、金管の咆哮は次々に征伐される戦士たちの叫び声である。戦いが終わり呪文が解け(ハープ)、美しい王女(フルート)が姿を現す。カレンダー王子と王女が見とれあう中、赤銅戦士は復讐の呪いを岩にかけて去り行く。 (この岩は、第4曲の最後で船が大破する岩である。)

第三曲 若き王子と王女 Andantino quasi allegretto

二人の出会いと愛を描くロマンティックで官能的な楽章である。中間部での二人のエキゾチックな踊りは色彩に溢れ、最後シェヘラザードのヴァイオリン・ソロと平行して歌われるメロディーは、映画での美しい二重写しのシーンを想起させる

第4曲 バグダッドの祭り。海;赤銅戦士が呪いをかけた岩に大破する(シンドバッドの)船 Allegro molto

サルタンの不機嫌は最高潮に達し、それを鎮めるべくシェヘラザードは、バグダッドの祭り、シンドバッドの勇敢な戦い、 そして船が岩に引き寄せられ大破するシーンを生々しく描き出す。第1曲の海の主題が、波逆巻く暴風雨の場面として戻ってくる。曲尾でシェヘラザードの語り(ヴァイオリン)が終わると、チェロと弦バスが寝息を立てるサルタンを最弱音で表現し、やがてこの壮大な絵巻は幕を閉じる。

*<ワーグナー『指環』の影響>
小説家本人もワーグナーの影響を認めた三島由紀夫の遺作である絢爛たる4部作『豊饒の海』(「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」)も想起されよう。 「本多繁邦」が、輪廻転生の魂の生き証人、語り部として4編を通して登場する。

2007年1月26日セントラル愛知交響楽団定期演奏会のプログラムの曲目解説として書かれたものです。


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