曲目解説集

チャイコフスキー 交響曲第6番

ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー (1840−1893)

交響曲第6番 ロ短調 作品74 「悲愴」 (1893年初演)

当時タブーとされた同性愛の噂の渦中に若きアントニナ・イワノワナと結婚して短期間で破綻、入水自殺を図ってから(1877年)書いた交響曲第4番(1878年)、第5番はいずれも大好評を博したが、チャイコフスキー自身は各作品の表層的、未熟な点に不満であった。作曲者自身が自らの作品中「最高の出来」「最も正直な告白」と評する本曲は、生と死を主題に据え、通常なら華やかに終わる最終楽章は絶望と今生との告別の詩(うた)となっている。各楽章が存在感を持ち隙の無い筆致で書かれた傑作である。なお自分で指揮した本曲の世界初演の9日後、チャイコフスキーは自ら命を絶った。

<第1楽章> Adagio; Allegro non troppo

死後の魂が真っ暗闇の中で目覚め(前奏)、不安に歩み始める(ヴィオラ等の第1主題)。道すがら愛と美に満ちた楽園を垣間見る(第2主題)。 凄まじい「審判の木槌の音」で始まる展開部では、地震、黒雲、最後の審判を触れ回るラッパに続き震え慄く魂が表現され、やがて第1主題が展開部のクライマックスとして絶叫と絶望を表現すべく戻ってくる。 嵐が去り陽光が差してくるように始まる再現部は、天国の調性であるロ長調で書かれた第2主題そして金管コラールと下降音階の弦ピツィカートによる葬送の行進で幕を閉じる。

<第2楽章> Allegro con grazio

ウクライナ風の素朴な5拍子の歌と踊り。中間部は村人が死者を弔い嘆き悲しむ葬送の場面になる。コーダでは、全楽章のコーダに登場する下降音階(冥界への下降を象徴)が木管・金管によって奏される。

<第3楽章> Allegro molto vivace

イタリア・シチリアのタランテラのリズム(エネルギッシュな3連符)を背景にもった勇者の行進。困苦を克服しながら喜びに満ちた生の頂点を謳歌する姿が表現される。コーダは、長調ではあるがやはり下降音階の繰り返しで締めくくられる。

<第4楽章> Adagio lamentso; Andante

何度も繰り返される苦悩の叫び(第1主題)が力尽きると、魔法のような「愛」(作曲者のスケッチの書き込みより)の音楽(第2主題)が赦し癒すかのように包むが、ギリシア悲劇のごとくその最高潮で「絶望」(同じく書き込みより)によって奈落の底に突き落とされる。 チャイコフスキーは、底を打つ音まで生々しく描いている。そのまま第1主題が悶え苦しむようなクライマックスを築き、再び力尽きると全曲中1音だけ登場するタムタム(巨大なドラ)が低く響き渡り冥界の扉が開く。コーダはトロンボーン・チューバの有名なコラール、そして絶望の下降音階メロディーと心臓の鼓動を示す弦バス・ピツィカートによって消え入るように終わる。



2007年1月26日セントラル愛知交響楽団定期演奏会ログラムの曲目解説として書かれたものです。


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