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ベートーベン ピアノ協奏曲第5番 作品73 「皇帝」
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ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーベン(1770−1827)作曲
ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73 『皇帝』 (1809年作曲、1811年初演)
プログラム・ノート
そもそもイタリア・バロック音楽の弦楽合奏で、コンチェルティーノ(弦楽首席)とコンチェルト・グロッソ(その他大勢)の間の華麗な協奏から生まれたコンチェルト(協奏曲)形式では、オーケストラによる前口上で始り、ソリストはその間相撲の時間前の仕切りの如く緊張感を高めてゆくのが普通であった。ところがベートーベンはピアノ協奏曲第4番を、いきなりピアノ独奏で始め人々に衝撃を与えた。第5番ではより大胆に、ピアノとオーケストラが絡み合う大カデンツァで開始される。当時の聴衆の驚き、困惑、もしくは感動は如何ばかりであったろうか。当代一のピアニストとして名声を博し、1番から4番までのピアノ独奏を自ら華やかに務めてきたベートーベンの難聴は深く進行し、他の奏者にソロを譲らざるを得なかった。 此れ以降18年間死ぬまで彼はピアノ協奏曲を書くことは無かった。
第1楽章 Allegro
有名な冒頭に続き、「あらゆる協奏曲の中での皇帝」という当時の賞賛を彷彿とさせる一大抒情詩が展開する。第2主題などで活躍するホルンは貴族、高貴さを表現するが、ベートーベンにとっての高貴さはあくまでも内面のものであり、世俗的階級には関心を払わなかった。そうでなければ神(貴族)の禁を破って火(光・自由)を人間(平民)に与えた「プロメテウスの火」を作曲しなかったし、皇帝に即位したナポレオンに幻滅もしなかったであろう。
第2楽章 Adagio un poco mosso
曲の主調変ホ(3つのb)から遠く離れたロ長調(6つの#)で展開される夢想的な緩叙楽章は、その深遠さにおいて、後世の作曲家に絶大な影響を与えた。ブラームス、マーラー、ショスタコーヴィッチ、エルガーらが、将にこの深遠さを論じ曲にしていった。日本画家千住博氏曰く、美的感動とは「人間の力を超えた大自然と出会う恐怖に似ていると思います。神の領域を垣間見る瞬間なのでしょうか。」静寂・夢想の底から、第3楽章の主題が水面へ立ちあがるかのように姿を現し、フィナーレへ直接参入してゆく。
第3楽章 Rondo: Allegro
天上の喜びの踊りである。ベートーベンそして彼の同世代が尊敬した哲学者シラー(『第9』の詩の作者)は、「遊戯衝動」こそ人間の最高の状態であるとした。ロンドとは、主題が円環(ラウンド)して何回も戻ってくる形式であり、最高の意味での悦楽に満ちたこのフィナーレに相応しいものであろう。
小松長生 2004年7月
2004年7月16日セントラル愛知交響楽団定期演奏会のプログラム用に書かれたものです。
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