エッセイ

カメラ

「私の事、覚えてますか」福井での公演後、文化会館ロビーで上品な御夫人が話しかけてきた。20年ぶりだったけれど、一目で私の初恋の人だとわかった。

当時、中学三年で体操部の部長だった彼女は、眩しい存在であった。私は、彼女とほとんど言葉も交わしたことがなく、ただ遠くから眺めるだけだった。福井市体育館で彼女が出場する大会があって、私は一大決心でそれを見に行った。何しろ、その頃は、駅前通りをカップルで歩けば、翌日には全校に知れ渡ると言われるほど、男女交際は好奇のまなざしでみられた。

観客席に私の姿を認めたチームメート達が、何事か彼女に耳打ちすると、私の好意をうわさで知っていたはずの彼女は、私を困惑した表情で見上げ、平均台の演技にむかった。

今思うと、大事な演技の直前に、思いつめた表情の男子学生に見つめられるのは、さぞかし迷惑至極であったろう。思い返すたびに赤面してしまう。しかしながら、矢も盾もたまらず体育館へ向かったあの時の気持ちは、とても大切で懐かしい思いがする。

「小松さんの(福井での)演奏会はいつも楽しみにしています。」と、彼女は嬉しそうに話してくる。可愛い息子さん達も一緒で、私に紹介してくれた。彼女とともにカメラに納まった私は、15歳の自分に戻ったような気持ちになり、むしょうに照れ臭かった。     (1993年)


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