エッセイ

龍くん

天才ヴァイオリニスト・五嶋みどりさんの一家との出会いは1983年夏のアスペン音楽祭に遡る。私は北米に指揮留学をして1年足らず。言葉に不自由し右も左もわからないうちにアスペン音楽祭の奨学生に選ばれて、少人数での9週間にわたる特訓に音をあげているときであった。私の指揮したコンサートで、花を一輪持ってステージに駆けつけてくれたみどりさんは、黒ブチのメガネとおカッパ頭で確か11歳くらいであったであろうか。



「長生がどこかの音楽監督になったら、必ずゲストで弾くよ。」という約束を1995年10月に果たしてくれた。そのとき「弟の龍はとても才能がある。」と、みどりさんとお母さんの節さん両方から聞いた。お二人が例え身内であろうが「単刀直入」「歯に衣着せぬ」を地でいくことを知っている私は、テープかオーディションで音を聴いてから独奏者に呼ぶ段取りを取らず、去る12月のKW(キッチナー・ウォータルー)響クリスマスコンサートで、9歳になったばかりの龍くんのカナダ・デビューをお願いした。超絶技巧のパガニーニ協奏曲第一楽章を易々として弾きこなし3晩とも満員総立ちとなった。

キッチナー・ウォータルー滞在中の龍くんは、氷すべり、コンピューター・ゲームに興じ、辛いカップ・ヌードルを探し求めたりして、普通の小学生とかわらない素顔を見せる。たちまち楽員たちとりわけ女性団員のアイドルになった。来る4月24日(木)のマチネー・コンサート(2PM)に再び龍くんに登場願い、ブルッフの協奏曲フィナーレを弾いてもらう。龍くんの6歳から16歳までの10年間を追うドキュメンタリー(毎夏8月放映)の撮影隊も日本からきて収録を予定している。龍くんが、情熱的なブルッフをどう弾きこなすか今から楽しみである。
(1998年)

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