エッセイ

エドモントンの美食譚

一月末、客演指揮でエドモントンを訪れた。見知らぬ土地での客演は、ホテルと会場の往復のほかは、静かに淡々と過ごすのが普通である。だが、今回は違った。

着いたその晩から伊勢茂総領事がアルバータ牛のステーキを出すレストランに連れていってくださった。ホテルに「今晩はカジュアルでお出でください」との総領事直筆のメッセージが待っていたので、ラフな格好でロビーに降りてゆくと、三つ揃いを着た紳士が伊勢総領事であった。



とろけるようなステーキをたいらげた後、なぜカジュアルと指定なさったかと聞くと、「エドモントンのフォーマルは蝶ネクタイ、カジュアルは背広・ネクタイ」とすましておっしゃる。慣れぬ土地に着た私を少しでもリラックスさせようという心遣いである。

「明晩は、近所の友人達を招いて公邸でスキヤキ会をやりますが、来ませんか」とのうれしいお誘いに否と言うわけがなく、定子夫人の作品も混じえた美術館のような公邸を訪問した。

「吉兆」で修行したご自慢のシェフによる日本食コースに続き、総領事夫妻自らスキヤキを作りサーブしてくださった。

偶然、隣席の梅沢玉枝さんは、素粒子論物理の世界的権威、故梅沢博臣博士の未亡人で、彼女のご子息ルイ氏(短編作家、ジャーナリスト)には私がインタビューを受けたこともあるのが判明。御友人の和井田京子さん共々、今週のコンサートにいらっしゃるという。

金曜のコンサート終了後、梅沢さんと和井田さんが
『みかど』という日本料理店へ連れていってくださった。気さくなオーナー夫妻とはツーカーの仲らしく、もずく・さしみ・寿司・焼き魚・つくねなどが瞬く間に並ぶ。オーナーご自慢の「スシ・ピザ」(!)は絶品だった。

土曜日は、たまたま梅沢さん宅で「カレー・パーティー」が予定されていたという運の良さ。コンサート後、さっそく駆けつけた。

何種類もの本場インドのカレー粉で作ったチキンカレーは、辛すぎずに深みのある味。ほかにも焼きイカ、山くらげ、最後は京都の老舗から取り寄せた極上のお茶漬けと漬け物というぜいたくさだ。

故梅沢教授が、いったん考えに没入し集中すると時と周りを忘れたというお話の散々を、ベートーベン、マーラーなどの作曲家を思い浮かべながら興味深く伺った。
「何十年も連れ添って、(集中しているから)今電話を取り継ぐべきときでないのがわからないのか」「だって、人に嘘をついてはいけないと日頃から言っているのはあなたでしょう」

梅沢夫妻の愛情あふれた様子が、彷彿と伝わってきた。
飛行場へ向かう帰りの車の中で、いろいろな巡り合いの妙と、温かい心遣いに触れた旅人の喜びを感じた。(1999年)

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